2016年7月30日土曜日

陸自キューピー



 昨日(←日記として最もダメまった出だし)、サポーター仲間の方がアニメのDVDやルイボスティを送ってくれたんですが、その中に「陸上自衛隊限定キューピー(ほふく前進)」が!駐屯地などにある自衛隊の購買「PX」やイベントでしか手に入らないグッズなので、何気に嬉しい。これ、迷彩服がちゃんと布製なんですよ。細かいなー。キューピーちゃんさんの振り向きポーズもキュート。


2016年7月29日金曜日

98式再起動せよ



 5分程度の尺でオリジナル作品から原作モノまで様々な短編アニメを製作し、Web配信する日本アニメ(ーター)見本市の劇場公開用新作アニメとして、『機動警察パトレイバー REBOOT』が10月15日(土)より単館公開!マジかー!でも単館。そりゃ10分しか尺ないもんなー。でも、26日(水)にはDVD発売!ヤッタネー!予告編を見る限り、レイバーはCG、キャラクターは完全新規と好みではないけど、一見さんに「『パトレイバー』ってのはこーゆー世界観のこーゆーお話ですよー」というプロモーション的作品としては上手くまとまっている感じがします。オリジナルのキャラクターを使わなかったのは、色を付けたくなかったからなのかなーと。

 『パトレイバー』は主に3つのパラレルワールドがあります。
 ・旧ビデオ版(88~89年)→劇場版1(89年)→小説版(90~93年)→劇場版2作目(93年)の世界。
 ・コミック版(88~94年)の世界。
 ・テレビ版(89~90年)→新ビデオ版(90~92年)の世界。
 ここに、コミック版が終了した8年後に劇場版3作目『WXIII 機動警察パトレイバー the Movie 3』と短編『ミニパト』が公開(01年)。更にその13年後に実写版『THE NEXT GENERATION パトレイバー』(14~15年)が公開されるという、長期間のブランクを経ても未だに新作が作られているんですが、さすがに実写版終了後1年足らずで10分の短編とは言え新作アニメが作られるとは思っていなかったので、こりわビックリ。

 原作者集団「ヘッドギア」メンバーの1人である伊藤和典氏が脚本を担当。音楽はもちろん川井憲次氏。『パトレイバー』ってのはヘッドギア5人のうちの誰か1人が入って、最低限の約束事(レイバーを人殺しの道具として描かないなど)さえ守れば、アニメだろうと実写だろうとメディアを問わず、どういうアプローチをしても成り立つんだと『WXIII』や実写版で感じたので、今回は何も不安はないっす。実写版の時は不安だらけだったけど。作画がCGだとかキャラクターが新規だとかってのは、できあがった映像を見ると案外どうでもよかったりするんですよね、僕にとっては。それだけ地に足が着いた作品だと思ってます。でも、ロゴがダサい!実写版もだったけど、デザインがなんで田島照久氏じゃないんだよー。

 日本アニメ(ーター)見本市作品は、去年NHKのBSプレミアムで『ザ・ウルトラマン』を見たんですが、結構よかったです。全ての作品の声は山寺宏一&林原めぐみの両氏が全キャラクターを担当する仕組みっぽいんですが、『パトレイバー』では共に新人の頃からちょいちょいゲスト出演していたので、そういう仕組みとは言え、この2人が主演するってのもちょっと感慨深いなー。楽しみだー!

2016年7月26日火曜日

ニャッキマスコット



 今日は九州大学病院への通院日なので、9時過ぎに起床して(寝たの5時…)高速バスで懐かしの福岡へ。オラ、都会さ来たの久しぶりだっぺ。足の痺れに加え、白内障気味かつ薬の副作用で夜目が効かない母をサラリーマン軍団やロケット団からガードすべく、全方位+足元を常に警戒しながらだったので、帰る頃にはぐったり。ほんとは博多阪急で開催中のピーナッツ65周年記念展に行こうと思ってたんですが、そんな気力ナシ。なんとかナムコ博多バスターミナル店とゲーマーズ博多店だけ覗くも、くたびれ過ぎて何も頭に入って来ないので、大人しく帰るかーと歩いていたらタカラトミーアーツのガチャ「ニャッキ! マスコット」を発見!ギャー!こんなの出てたのかー!かわいー!こんなもん男だったら回すしかねーだろ!5種類中3種あるニャッキならどれでもよし!おかーさん、にひゃくえんちょーだい!


 珍しく一発で出た。ニャッキ、ゲットだぜ!元々がクレイアニメのキャラクターなんで完璧。ぐはー、やべーな。やっぱ保存用と口に入れる用にもう何回か回せばよかったな。今日の娯楽費200円で大満足。これからは「200円の男」と呼んでくれ。

2016年7月25日月曜日

誕生日は突然に



 関塚隆監督、解任。J2降格後の10年から6人目(江尻篤彦→ドワイト・ローデヴェーヘス→神戸清雄→木山隆之→鈴木淳)となる監督交代。もはやジェフのお家芸ですな。クラブリリースでは「交代」とか「退任」になってるけど、解任じゃん。コロコロ監督代えてもJ1昇格を逃し続け、今季は「監督代えてもダメなら選手を代えよう」っつー感じで24人が退団して20人が新加入。昨季までの在籍選手がたった9人という完全に新チームとしてスタートしたものの、そりゃ昨季までの積み重ねがゼロになったので今季は我慢でしょうと思ったら、相変わらず我慢できないフロントと一部のサポーター。どれだけ監督や選手代えてもクラブにビジョンがないんだもん、上がれるわけがねーっす。4年程前からか、ホームでの観客動員数が毎年700人くらいずつ減ってるんですけど(計算したわけではないので数字は僕のボンヤリした印象です)、なぜ今まで応援してくれたお客さんが離れていったのかをいい加減そろそろ真剣に考えなきゃいけないんじゃないですかね>フロント。実際、93年から応援してる僕も一昨年あたりから自分でも意外なくらい急激に冷めていってるので、離れた人の気持ちがなんとなく分かる気がするのでした。あ、「止めたい奴は止めろオレは何があっても信じるぜ」みたいな悪い宗教にでも入ってるんじゃないかっつーそーゆーのは僕はいいんで。別に「5年かかるけどJ1に昇格できるチーム作りをするのでそれまで待って」ってビジョンを示してくれれば待ちますよ。だけど、ただ耳障りのいい言葉だけで「今年こそ絶対J1に復帰します」ばかりなので、なんだかだんだん馬鹿にされてる様な気分になってきました。

 新監督には長谷部茂利コーチがチーム内昇格。そりゃもうこのチームの監督やろうってキトクな人はよそにはいないだろうし。とは言え、01~03年というジェフサポーターとして最も楽しかった時代のキャプテンなので、ファンとしては嬉しいです。似た様な状況でこないだ就任したFC岐阜の吉田恵監督との「元同僚対決」も楽しみ。

 そんな誕生日でした!

2016年7月24日日曜日

西から来た女



 主は言いました。「遊びに行っちゃる」と。つーわけで、福岡から女友達が来たので、今日こそ日田祇園祭へ。いつもの様に無計画でテキトーにアタリを付けてのたくた歩き、醤油が有名な原次郎左衛門で虹色ラムネを飲んだり、三隈川沿いを散策したり、左右に35メートル延びた樹齢300年の「叢雲(むらくも)の松」がある八坂神社で獅子舞に頭を噛まれたりしていると、山鉾のコックピットにパイロットが乗り込む場面に遭遇。こ、こいつ、動くぞ…!

 
 東西から2機ずつ進行しながら合流地点でバトルを行うメインイベントは時間の都合上見れなかったものの、道幅ギリギリ電線ギリギリの中を人力で進む姿は先日の顔見世とはまた別の迫力があってたいそうよかった。

 
 その後は終バスギリギリまで呑んでいたため、店を出て全力ダッシュしたら死にそうになった。よい子のみんなはお酒を呑んだ直後に走っちゃダメだよ!つーか、終バスが21時半って早いわ!

 
 福岡行きの高速バスを自分が見送るってのは変な感じだったけど、久しぶりに「いつもの感じ」を味わい、こっちに来て初めて気分転換ができた1日でした。

2016年7月23日土曜日

迷宮物件



 連日日本一の猛暑日を記録している日田ですが、今日も最高気温が36度と本気で殺しにかかって来てるので、18時をとっくに過ぎてから祇園祭へ向かう…はずが、途中で母が「あ、ここらへんに祖母ちゃんの親戚の家があったはず!」などと言い出し、急遽、50年以上前の記憶を遡ってその家をノーヒントで探す事に。夜になっても気温がほとんど下がらない中、昭和30年代にタイムスリップしたかの様な街並みをふらふら彷徨う怪しい親子。なんとか親戚の家は見つかったものの、既に祭りへ行くヒットポイントは残っておらず、うどん食って帰宅。まあ、途中の三隈川で屋形船と鵜飼を眺められたのでよしとしよう。

2016年7月21日木曜日

明日を捜せ

 
 
 先週、「原因不明の症状なら総合診療科のある病院を当たるといい」と教えてもらった矢先、たまたま大分大学医学部附属病院へ母を連れて行ってもらえる機会があり、血液検査をした結果が今日出ました。異常があれば原因が分かるかもしれないし、なくてもそれはそれでいい事だと少し期待していたものの、結果は脊柱管狭窄症という診断に。ドユコトー!九大病院と大分医大という2つの大きな病院でそれぞれ結果が異なるというのは、それだけ特定するのが難しいんでしょうけど、ここに来てまさかの振り出しに戻る。まあ、ココでああだこうだ考えてても仕方ないので、来週また九大病院に行く時に担当医に投げてみる事にします。ただ、心因性の疼痛に効く薬が新たに処方されたので、何か新しい効果があればめっけもんかな。こんな感じで手探りの毎日です。やー、途方に暮れるなぁ(苦笑)。
 
 夜、母を迎えにJR日田駅へ行くと、今度の土日に行われる日田祇園祭の顔見世として、地域ごとの「山鉾(やまほこ)」という山車が勢揃いしてました。つーか、日田のどこにこんだけ人がいたんだよ!こっち来てまだ年寄りと小学生としか話した事ないぞ!
 
 
 博多の祭りとはまた違った趣でいいですな。日田祇園祭は300年続く国の重要無形民俗文化財らしく、こっちに引っ越す前から楽しみにしてたけど、正直こんなに立派で派手だとは思わなかったっす。
 
 
 

2016年7月20日水曜日

ロングショット



 はいさーい!自分は今、住み慣れた街からハム蔵と一緒に故郷の沖縄に帰ってきたゾ!←久しぶりの更新なのでキャラがブレてるうえに全部うそです。6月30日(木)の夕方に福岡から日田に来て20日、未だに全然慣れません。前にも書きましたが、ここは「実家」ではなく、転勤で母が単身移り住んだ家なので、僕にとってはあくまで「母の家」であり、「他人の家」感バリバリなのです。なんせ乙女の柔肌の様に繊細でデリケートにできてるアタクシ、毎晩寝付きが悪く、熟睡できた日がまだないのが地味につれーっす。昨日ようやくネットが開通したので、多少は自分のペースが取り戻せるかなーとは思ってるんですけどね。

 で、母の病気ですが、1年半前に「脊柱管狭窄症」と診断されながら全く快復の兆しがないどころか悪化しているため、越して来て早々の5日(火)に再び九州大学病院でMRIを撮ったところ、狭窄症ではない事が判明!ドユコトー!僕も写真を見ましたが、骨や間接にはほとんど異常がありませんでした。じゃじゃじゃじゃじゃあじゃあじゃあ、原因はなんなんですくわっ!?と医師に尋ねたところ、「分からないっす。原因不明っす」と。おいー!どうやら「痛み」であれば原因を特定するのも比較的容易らしいんですが、母の場合は「しびれ」なので特定が難しいと。また、片脚などの部位ならまだしも、下半身全体のしびれとなると、整形外科では対処しようがないっつー話でした。んで、今後も投薬などで3週間おきに通院する様にと。あ、最初に狭窄症と診断したのは九大病院ではなく日田の病院です。

 狭窄症ではない=身体的には問題がないって事で、それはそれでいい事なんですが、1年半そう信じて治療を受けてきた母にとっても、こっちに越して来た事でかえって通院し難くなった僕にとっても、この結果はショックでした。それでなくとも親子とは言え10年以上ぶりに同居する事によるストレスで最初の10日間は衝突の毎日で、その度に自己嫌悪と無力感に襲われました。「こんなはずじゃなかった」と毎晩後悔してました。だけど、母が自分のために僕の人生を狂わせてしまったんじゃないかという思いを抱いていた事を知り、廃業になるかもしれないリスクを承知でこっちに来る事を決めたのは自分じゃないかと改めて思ったわけです。

 それからは衝突もなくなり、母の筋力強化とリハビリを兼ねて毎日1~2時間の散歩が日課になりました。自分らしからぬ事をしている違和感はあるんですが、友達に「この歳になっての親とのそういう時間は貴重かもしれんぜ」と言われ、確かに母と一緒に買い物や食事に行く事って大人になってからはなかった時間だなーと。寝る前にはテキトーなマッサージもします。テキトーでも毎日やってれば何かが少しでもよくなるかもしれないと思って。母も次第に元の明るさを取り戻しつつあります。いやー、アッくんってエライなーと思った方はそう思っていただいてくれても全く構いませんよ?なんならメシでも奢ってあげるといいんじゃないでしょうか?

 狭窄症じゃないならないで必ず何かしらの原因があるはずなので、その可能性を考えて選択肢を増やし、日常生活の中で母の負担を減らす。とにかく今の僕の最優先事項は母の足を治す事のみ。そして、治った時にはまた福岡に戻ります。それが来月なのか数年後なのか一生訪れないのかは今の段階では全く不明ですが、とりあえず無期限の期間限定です。僕にとっては大きな賭けですが(もしかしたら母にとっても)、人生一度くらいは自分の全てを賭けてみてもいいかなと。「でっかい賭け」の事を英語ではなんて言ったっけ。